一ノ谷古戦場巡り(一)
カテゴリ: 史跡 / テーマ: 国内、史跡・名勝巡り / ジャンル: 旅行
さて、今回は2007年10月11日に巡った、源平古戦場・一ノ谷の史跡巡りです。
若干のマイナーさも含まれてますが、できる限り解説していこうと思うので、
何か不明な点や疑問がありましたら、遠慮なくお申し出ください。



さて、淡路島から明石市経由で、神戸市須磨区にやってきました。
淡路島から近い有名な古戦場は、一ノ谷と香川の屋島古戦場。
平清盛が、京都から遷都した「福原京」は神戸市にあるので、この辺は源氏というよりも
平家に縁の深い地です。





源平合戦800年記念碑。
一ノ谷合戦が起こったのは1184年。800年後の1984年に建てられたものですね。
これを見てだからなんだ、と思ってしまいそうになるのは、この付近にそれ以外に
めぼしい何かがあるわけではないから、じゃないかな。
この碑は山陽電鉄の須磨浦公園駅から、東へちょっと歩いたところにあります。


一ノ谷合戦といえば、義経の「鵯越の逆落とし」と、敦盛の悲話で有名。
特に「敦盛」に関しては、後に謡曲や歌舞伎の題目として伝わり、
かの織田信長も「人間五十年……」というくだりで始まる、幸若舞「敦盛」を好み、
桶狭間の戦の前に、舞ったというのは有名な話です。

※幸若舞:中世から近世に掛けて武士の間で広まった舞。
現在は福岡県みやま市で、重要無形文化財の民俗芸能として現存。
能や歌舞伎の原型といわれ、日本最古の舞楽として知られています。



駅から西にちょっと行ったところに、敦盛塚。
大きな五輪塔でした。もっと小さくささやかな物だと思ってましたが。

ちなみに、信長好んだ幸若敦盛の一節は以下のようになってます。

「人間五十年 下天の内にくらぶれば 夢幻の如くなり
一度生を受け 滅せぬもののあるべきか」

(人間の50年の人生が、下天の人たちにとっては一昼夜に値する。
下天に暮らす人々の一日が我らの50年。
人間の一日など、その人たちにすれば、夢幻のようなもの。
命あるものは必ず滅びるのだから。)





敦盛の供養塔に手を合わせて、それではいざ旗振山へ。
いやはや、10月も半ばというのに暑いですな(><)
写真の鉢伏山のもう少し向こうまで登ります。



いやいや、天気が良くて(良すぎて)、まさにハイキング日和といったところ。
ちなみに周囲には誰も居ません……(まあ、木曜日ですから)



敦盛橋。
須磨一ノ谷は「敦盛祭り」でも開けばいいんじゃないの、ってくらい敦盛。
その割には特に盛り上がっている様子もない。

しばらくは登る事に集中するのみで、特に史跡があるというわけでもないです。
(結構な急坂なので、足腰注意ですよ……!)

ぜえぜえと運動不足を実感しながら登る事5分。





モンスターがあらわれた!


思わず、びくぅ!……なんて古典的なビビり方をしてしまった。
あれは……なんですか、カンガルーですか、よく見たらお腹に子供が居るよ(笑)
バッチリファイティングポーズなんて、某サンドバックカンガルーを彷彿させます。

小さな公園がありました。
子供たちがハイキングだか遠足だかに訪れそうな、自然の中にある公園。

しかし。



なぜ、こんなにも胴が長いのであろうか……(汗)
え?これ、パンダ?みたいな(笑)(アシカじゃないんだよ……)
よく見たら他の動物もみんな胴が長かったです……。
キリンが空を仰いでうつろな目をしていた事は、内緒の方向で……(笑)



胴長動物たちに見送られながら、ぜえぜえ息を切らして登ります。
まだ公園付近は緩やかな上り坂だったんですが、それ以降はちょっともう、
これってハイキングレベルじゃないよね、と言いたくなるほどのキツイ坂。
9ヶ月ぶりのウォーキングの為、体力が全くない様子(ずっとドライブだったから)



鉢伏山に到着。実は、麓からここまでロープウェイが通ってます。
絶対歩かないとここまでたどり着けないのか、というわけでもないので、
安心してくださいね。ロープウェイを降りてハイキングに来たお姉様方と挨拶を交わし、
追い抜いて……いつの間にか、六甲全山縦走路を歩いていました。

ちなみに、鉢伏山の三角点は、旗振山の山頂にあります。
旗振山に三角点がない為、代わりにあるのだとか?



旗振山に到着。



国境(現在は区境)発見。
ウォーキング雑誌で、国境があることは事前に知っていましたが、
実際にそこまで来ると、感慨深いものがあるんです。

当然、国境の間に立って、

右足が播磨、左足が摂津!

とかやってみたりします、お約束(笑)

【旗振山】
 ここ旗振山(標高253m)は十七世紀末、江戸中期元禄時代から電信が普及される
大正初期まで、畳一枚大の大きな旗を振って、大阪堂島の米相場(値段)を
加古川・岡山に伝達していた中継場所であることから「旗振山」と呼ばれています。
 旗振茶屋は六甲山の最西端にあり、JR・山電塩屋駅と山電須磨浦公園からの道が
交わる所に位置し、明石海峡大橋・神戸空港を望める茶屋として知られ、
毎日登山署名所があります。創業は昭和六年(1931年)三月。
その後、阪神・淡路大震災で倒壊し、平成九年(1997年)五月再建しました。
(案内板より)

見た目に反して意外に、この案内板が新しい(笑)
大阪の堂島米市場跡は、現在記念碑として大阪市北区にありますよ。



以前、母上から苦労して登りきった山頂から望む風景は凄く綺麗だと聞いてから、
山登りがしたくて仕方なかったのですが、250m余りの山でも、こんなに素敵な風景が
望めるんですね、うっすらと淡路島が望めます。


Edit / 2008.11.08 / Comment: 0 / TrackBack: 0 / PageTop↑
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プロフィール

星雁

Author:星雁
「本能寺の変」が起こった
6月2日に生まれた歴史スキー。
基本、時代に関しては雑食。
史跡を巡る旅が今のところ
一番のお気に入り。

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ichthys_ginga★yahoo.co.jp
(★を@に変えてくださいね)

Photo:
直江兼続本陣跡から長谷堂城跡を望む。
(山形県山形市)

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